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 玄箱HGを玄箱うぉううぉう♪で入手したファイルでDebian化した後、AVRコマンドの出力先は /dev/AVR00 になる。
 HGでない玄箱は /dev/ttyS1 だったので、これが判るまで時間を要してしまった。


 日本橋の共立電子へパーツを買いに行った。行くと何か余計なものを買ってしまうのが日本橋の魔力だ。
 店の入り口に置いたワゴンに学習リモコンを見つけた。パッケージは中国語で表記されており、いかにも安かろうというものだ。32のキーと、4つのファンクションキーが配置されており、32×4=128通りのボタンを学習できるようだ。テレビなどは大丈夫だろうと思ったが、PSXはどうだろう。悩んだが、ダメ元で買って帰った。

11月5日夜,会社の同僚と飲みに行って午後10時過ぎには帰宅した。風呂にも入って気分良く寝入ったのだが,胃が痛くなって目が覚めた。時計を見ると6日の午前4時過ぎ。太田胃散を飲んでみたが治まらない。むりやり吐いてみたがやはり治らない。寝床の中で昼前まで安静にしていたが,一向に良くなる気配もない。結局,近所の内科に行ったところ,感染性の急性腸炎であると診断され,静脈注射をしてもらった。医者から「しばらくの間,文字がぼやけて読めなくなるよ」と言われたとおり,帰宅してから本を読もうとしたが,本当に読めなかった。胃痛はすっかり治っていたが,仕方なく寝不足解消と2時間ばかり寝て,午後3時頃起きて,卵入りのおかゆを作って食べた。
医者と注射と薬。うん,大したものだ。意味不明。



中学生の頃,憧れのカメラがあった。OLYMPUSの一眼レフ"OM-1"である。小型軽量でありながら,モータードライブによって毎秒5コマ撮影できる堅牢な作りを謳ったCMを今でも覚えている。高校生になってから友人の持つOM-1のシャッターを切った瞬間,OM-1への憧れは更に増した。エアダンパーにより,ミラーアップの衝撃を抑えたシャッターの感覚は官能をくすぐられるようであった。それから30年,一度もOM-1を所有することなく,憧れはいつしか忘れ去られていた。
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